活字館壱号室

貴方にとって必要な僕 【五】

初恋の来た道
p1≪旅行計画≫

「今度の連休にデートしようか?」
薄桃色の可憐な花弁を散り終え、若緑色の新芽が芽吹く頃。
春の緑を眺めながら、辻山が突然ポツリと口にした。
「は?孝男さん今なんて?」
聞き慣れない台詞にバスケットからサンドイッチを取り出す木之内の手が止まる。
此処は教授等の研究室が在る、B棟裏手の植物資料園。規模は5分程で回り切れてしまうささやかなモノだが、春に咲く草花や健やかに枝を伸ばす木々で溢れていた。園内にある二人掛けの石のベンチに腰掛け、陽気をぽかぽか浴びながら、辻山は木之内の作ったサンドイッチで少し遅目の昼食をとっていた。
「したくないの?」
返事に詰まる青年をちらり見て、辻山は困ったように口元だけで微笑む。
「そっか、今言った事忘れちゃって…」
サンドイッチを一口頬張り足元の草に視線を落とした。
「俺、旅行行きたい」
「え?」
「一泊二日位で温泉行きませんか?」
青年木之内はこれ以上にない程真剣な眼差しで詰め寄った。


実は木之内、前々から冗談混じりで『二人きりで出掛けましょう』と辻山に話を振ってきた。その度辻山は『こんなオジサンと並んで歩くのは恥ずかしいでしょう?』と頑として首を縦には振らなかった。 このピクニック擬きの昼食も俄かデート気分を味わう為である。 春の陽気の悪戯か?はたまた木之内の願いが漸く辻山に届いたからかはさて置き、辻山の方から『デートしよう』切り出してきたのだ。 当然こんな機会を逃す木之内ではない。


「温泉か…」
辻山の心が揺れる。流石に”泊り”は…と思ったのだが、温泉に入るならゆっくりしたい。
「海の近い温泉でのんびりと…新緑も綺麗でしょうねぇ…それに海を眺めて、ゆっくりひとっ風呂」
まだ迷いの有る辻山に耳元で囁きかける。『のんびり』『ゆっくり』が座右の銘である辻山はいとも簡単に木之内の言葉に落ちた。
「うん。行こうか?」
目が零れそうな程嬉しそうに笑う。
辻山の賛成を得て木之内の顔が輝いた。
「はい!じゃあ俺、宿とか手配しておきます!」
連休まで後半月足らず、通常なら宿などとても取れる訳が無い。

けれど木之内の気合はらんらんと燃え盛り、『根性で取る』気で満ちている。
ー…どうにかすればどっかの旅館くらいはとれるだろう
半分は軽く考え辻山に向かって「任せてください」と力強く微笑む。
「うん、楽しみにしてるね」
差し出されたお茶を啜りながら辻山は朗らかに笑い返した。


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